松江地方裁判所 昭和45年(わ)25号 判決 1975年9月04日
主文
被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、島根大学学生で組織する同大学全学共闘会議の主催のもとに、昭和四五年二月四日午後四時四〇分ころから同日午後六時二〇分ころまでの間、松江市西川津町の同大学から同市朝日町の国鉄松江駅前に至り、更に同所で折り返えして同市殿町の県民会館前に至るまでの道路上において行われた同大学闘争一周年アピールを目的とする集団示威運動に、同大学学生ら約五五名とともに参加したものであるが、右参加者約五五名と共謀のうえ、右学生らが右集団示威運動の道程において、松江警察署長の付した許可条件に違反し、午後五時一三分ころ北堀橋南詰から殿町城山入口交差点に至る道路上において約一分間フランスデモを、午後五時一七分ころ右城山入口交差点で約一分間だ行進及び渦巻行進を、午後五時四六分ころから同五〇分ころまで朝日町交差点から国鉄松江駅に至るまでだ行進を行なったものである。
(証拠の標目)≪省略≫
(法令の適用)
被告人の判示所為は包括して刑法六〇条、道路交通法一一九条一項一三号、七七条三項、一項四号、島根県道路交通法施行細則(昭和三五年一二月一六日島根県公安委員会規則第一〇号)一二条五号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金五、〇〇〇円に処し、右の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、「本件集団示威運動はその動機・目的が正当でかつ手段も相当であって、規模も小さく条件違反の行われた時間・距離もわずかで交通渋滞も集団行動に必然的に伴う程度であるから、被告人の道路交通法違反の所為は可罰的違法性がなく無罪である。」旨主張する。しかし、前掲各証拠によれば、本件集団示威運動が島根大学闘争一周年及び沖繩・三里塚闘争への連帯の責務をアピールする目的で行われたものであることが認められるが、他方被告人らは本件集団示威運動の当初より戦闘性あるいは存在性を示すためだ行進やフランスデモを行う意図を有していたことが認められ、そして判示箇所以外にも石橋四丁目交差点、一畑百貨店前交差点、県庁前交差点、松江郵便局前、藤原金物店前交差点、寺町交差点の各所においてだ行進をなし国鉄松江駅前では警備にあたっていた警察官の警告を無視して駅構内の方向へ突入するなどして、島根大学から国鉄松江駅に向う往路において、主要な交差点でいずれも一分ないし二分間にわたってことごとく許可条件に違反する行為に及んでいることや右各だ行進により各交差点において少なからぬ交通渋滞が生じ、殊に朝日町交差点においては合計約七五台の車両が停滞したことが認められるのである。もとより本件集団示威運動が夕刻に実施されている点を考えると、右各交差点における車両の渋滞が被告人らの各交差点内におけるだ行進によってもっぱら惹起されたものとは認められないが、右だ行進による影響を否定することはできない。なお被告人は県庁前交差点から京店交差点の直前あたりまで本件集団の先頭から離れており、本件集団示威運動に参加してこれを指導していたことは認められないが、これは県庁前交差点の直前でだ行進を再び始めたため警備の警察官らによって本件集団から排除されるに至ったためで自発的に離脱したのではないことが明らかである。以上認定の被告人の意図、条件違反の回数及び態様などに鑑みれば、被告人の本件所為が可罰的違法性を欠くものということはできず、弁護人の右主張は採用し難い。
(条例違反の点についての無罪理由)
一、本件公訴事実中、「被告人は、昭和四五年二月四日判示集団示威運動に学生約五〇名とともに参加したものであるが、右集団示威運動に対し、島根県公安委員会の与えた許可には『だ行進、渦巻行進、いわゆるフランスデモ、すわり込み、他のてい団との併進、先行てい団の追越しをしないこと。』の条件が付されていたにもかかわらず、右集団威示運動に参加した学生らが、右許可条件に違反していずれも道路いっぱいに広がって、四列縦隊で同日午後五時一八分ころ北堀橋から殿町城山入口交差点に至る間いわゆるフランスデモをなし、同日午後五時二〇分ころ同町城山入口交差点において、だ行進及び渦巻行進をなし、同日午後五時三一分ころ、朝日町交差点から同町国鉄松江駅までの間、だ行進をなしたものであるが、その際終始隊列の先頭列外に位置し、その先頭隊伍が横に構えていた竹竿を後手に持って引っ張りあるいは隊列に向って両手で合図するなどして右運動を指導し、もって右許可条件に違反する集団示威運動を指導したものである。」との点については、前掲各証拠により、被告人が昭和四五年二月四日判示集団示威運動に島根大学学生約五五名とともに参加し、右集団示威運動に参加した学生らが判示日時、場所で判示のとおりだ行進、渦巻行進、フランスデモを行った際に、右公訴事実どおりの方法で右集団示威運動を指導したこと及び右集団示威運動に対し島根県公安委員会(以下たんに公安委員会という。)の与えた許可には公訴事実どおりの条件などが付されていたことが、いずれも認められるところ、本件においては弁護人から島根県集団行進及び集団示威運動に関する条例(昭和三五年一〇月一日島根県条例第四六号。以下本条例という。)が憲法に違反する旨の主張がなされているが、ここでは当裁判所が無罪という結論に達した理由のみを説示することとする。
二、公安委員会の付した許可条件の有効性について
(1) 本条例四条一項は、「公安委員会は、集団示威運動の許可の申請があったときは、集団示威運動等を行なうことにより公共の安全と秩序に対して直接の危険が及ぶことが明らかであると認められる場合のほかは、許可をしなければならない。この場合において次の各号に掲げる事項について、必要な限度において条件を付することができる。一、刃物、こん棒その他の危険物の携帯の制限又は禁止に関すること。二、だ行進、渦巻行進、すわり込み等公衆に対して危険又は著るしい迷惑を及ぼす行為の制限又は禁止に関すること。三、官公庁の業務の妨害の防止に関すること。四、夜間の静穏又は学校、図書館、病院等の周辺における静穏の保持に関すること。五、公共の安全と秩序に対する直接の危険を防止するためやむを得ない場合における実施場所又は進行の順路の変更に関すること。」と定め、本条例一一条一項六号により、右四条一項の規定により付した条件を知りながら、これに違反することを指導し又はせん動した者は、一年以下の懲役若しくは禁こ又は五万円以下の罰金に処せられるのである。そして本件においては、右四条一項二号に基づいて、公安委員会は、本件集団示威運動につき、条件の一つとして「だ行進、渦巻行進、フランスデモ、すわり込み、他のてい団との併進、先行てい団の追越し又はことさらなかけ足行進、おそ足行進、停滞等公衆に対して危険又は著るしい迷惑を及ぼす行為をしないこと。」という条件を付していたことが認められる。
他方、道路交通法七七条一項四号、島根県道路交通法施行細則(昭和三五年一二月一六日島根県公安委員会規則第一〇号。(以下本細則という。))一二条五号によれば、島根県下では「道路において、一般交通に著るしい影響を及ぼすような通行の形態で集団行進」をしようとする者は、所轄警察署長の許可を受けなければならず、また同法七七条三項によれば、右許可をする場合において必要があると認めるときは、所轄警察署長は、当該許可に、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要な条件を付することができるのであって、同法一一九条一項一三号により、右警察署長が付した条件に違反した者は、三月以下の懲役又は三万円以下の罰金に処せられるのである。そして本件においては、右七七条三項に基づいて、松江警察署長は、本件集団示威運動につき、条件の一つとして前記公安委員会の付した条件と同一の文言(唯付加的文言が「一般の交通の安全と円滑を阻害するような行為をしないこと」となっている)の条件を付していたことが認められる。
(2) ところで、本条例四条一項に基づいて付された条件違反の罪の罰則が、道路交通法七七条三項に基づいて付された条件違反の罪の罰則よりも重く規定されていることが、地方自治法一四条一項、憲法九四条に違反するのではないかと一応考えられるのであるが、道路交通法七七条一項四号、本細則一二条五号、同法七七条三項、一一九条一項一三号の規制の対象は道路において一般交通に著るしい影響を及ぼすような通行の形態での集団行進であり規制の趣旨、目的は道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図ることにあるのに対し、本条例四条一項二号、一一条六号の規制の対象は道路、公園その他屋外の公共の場所における集団行進又は集団示威運動であって、冠婚葬祭、親ぼく、又は慰安の行事として行われるもの、学生、生徒、児童等の遠足又は旅行として行なわれるもの、もっぱら学術上の研究、体育若しくは宗教上の行事又は商業上の宣伝の目的で行われるもの、そのほかこれらに準ずるものとして公安委員会が指定するものを除くものであり、規制の趣旨、目的は右の集団行進又は集団示威運動の非理性化による不測の事態の発生を未然に防止し、公衆の生命、身体、自由、財産などの安全、平穏を保持することにあるから、両者により条件の付与及び条件違反に対する処罰は全く異なる観点に立って規定されているものということができ、本条例四条一項二号、一一条一項六号と道路交通法七七条一項四号、本細則一二条五号、同法七七条三項、一一九条一項一三号との間に抵触はなく、したがって本条例の右各規定は地方自治法一四条一項、憲法九四条に違反するものではないと考えられる。
(3) 以上のとおり、本条例の規定と道路交通法のそれとは、その趣旨、目的を異にするのであるから、本条例の条件付与は忠実にその規制の趣旨、目的に従ってなされなければならず、たんに道路交通法の規制の趣旨、目的に従って条件を付与するようなことは厳に避けるべきであって、仮に、公安委員会が道路交通の秩序を維持するだけの目的で、だ行進などの禁止を条件として付したとすれば、その条件付与という処分は本条例四条一項に違反する無効なものというべきである。けだし、本条例四条一項は、「必要な限度において」条件を付しうる旨定めているところ、道路交通秩序の維持のためには、道路交通法七七条一項四号、本細則一二条五号、同法七七条三項によって警察署長が右と同一の条件を付することができ、これによって規制が可能なのであるから、公安委員会がたんに道路交通の秩序を維持するという観点から右のような条件を付するときは、「必要な限度」といえぬことは当然であろう。
(4) そこで、本件集団示威運動に対する公安委員会の前記の条件付与がいかなる趣旨、目的でなされたか否かについて検討する。
前掲の町田和行作成の「集団行進および集団示威運動許可申請書」と題する書面の謄本及び松江警察署長作成の「集団示威運動等許可申請に関する報告」と題する書面の謄本によれば、本件集団示威運動の許可申請は、昭和四五年二月二日島根大学全共闘の責任者として町田和行名義でなされ、集団示威運動の名称は島根大学闘争一周年デモで、その目的は島根大学闘争一周年アピールにあり、参加予定人員は島根大学全共闘の三〇〇名で、その実施時間は同年二月四日午後三時三〇分から午後八時までで、実施の進行順路は、島根大学を出発して、石橋町三差路、石橋町、北堀小学校前、北殿町、一畑百貨店前、県庁前交差点、末次十字路、京店十字路、大橋、藤原金物店前、朝日町十字路を順次経て松江駅前に至り、同駅前で折り返して朝日町十字路、藤原金物店前、大橋、東京橋、京橋、一畑百貨店前を順次経て県民会館南側路上に至り右地点で終了、解散の予定であったこと、松江警察署長は、右申請にかかる集団示威運動について、右集団示威運動の治安に及ぼす影響はないものと認められ、右運動は許可されて支障なきものと認めるが、道路使用の許可条件として、(1)行進隊形は三列縦隊、一てい団の人員はおおむね一〇〇名とし、てい団間の距離はおおむね一〇メートルを保つこと、(2)歩車道の区別のない道路においては、道路の左側端を、歩車道の区別のある道路においては車道の左側端をそれぞれ通行すること、(3)だ行進、渦巻行進、いわゆるフランスデモ、他のてい団との併進、先行てい団の追越し又はことさらなかけ足行進、おそ足行進、など一般の交通の安全と円滑を阻害するような行為をしないこと、(4)行進中、旗竿、プラカードなどを横にしたり、これを支えにしてスクラムを組まないこと、(5)解散地では、到着順にすみやかに流れ解散することを付する必要があり、また公安条例許可の条件として、(1)刃物、鉄棒、こん棒、角材、石その他の危険な物件を携帯しないこと、(2)だ行進、渦巻行進、いわゆるフランスデモ、すわり込み、他のてい団との併進、先行てい団の追越し又はことさらなかけ足行進、おそ足行進、停滞等公衆に対して危険又は著るしい迷惑を及ぼす行為をしないことを付する必要があると認める旨同月二日付で島根県警察本部長に対し報告をしていることが認められ、また≪証拠省略≫を総合すると、昭和四三年から本件集団示威運動がなされた昭和四五年二月までの間に、島根大学の学生らによって松江市内で実施された集団示威運動は一〇回以上に及び道路交通法あるいは本条例による条件違反のかどで逮捕される者も少なからずあり、また稀に公務執行妨害で逮捕される事例もあったこと、被告人も過去に一度道路交通法及び本条例による条件違反で逮捕された経験があること、しかしこの様に逮捕された者はいずれも起訴されるに至らなかったことが認められる。ところで、≪証拠省略≫を総合すると、昭和四四年ころは全国的にいわゆる大学紛争が頻発し、島根大学においても同年二月四日警察の鑑識車が同大学構内に立ち入ったことが発端となって、大学当局と学生らとの間に紛争が生じ、全学闘争委員会なる学生らの組織が結成され、大学の建物が学生らによって封鎖される事態となったが、同年四月右封鎖が解除され、同年七月には授業も再開されるに至り、翌八月に前記全学闘争委員会が解消するとともに新たな全学共闘会議という組織が結成され、被告人が右会議の議長に選出されたこと、また右全学共闘会議は文化講演会、科学講演会、映画会などを開催するとともに、松江市内における島根大学の学生らによる集団示威運動なども主催していたことが窺われるのである。
以上の諸事実に立脚して、公安委員会がいかなる観点から前記だ行進などの禁止の条件を付したかを考察すると、まず申請にかかる本件集団示威運動の主催団体が島根大学全共闘であることから右運動が全く平穏になされるであろうことは過去の集団示威運動において条件違反などによる逮捕者が少なからずあったことからみても首肯できぬところであったと考えられ、また参加予定人員が三〇〇名で、実施予定時刻が比較的交通量の多い夕刻であり、進行の順路も松江市内の主要な商店街、官庁街である点などからすると、参加者らがだ行進などの行為に出ればかなりの交通停滞が生ずるおそれがあると予想せざるをえなかったものと考えられる。したがって、本件集団示威行進の実施によって道路交通の秩序が乱されるおそれは、公安委員会の許可決定当時において、十分に予想しうることであり現に予想していたものと推認されるのではあるが、右集団示威運動の主体たる団体の性格を暫く措き、右運動の規模、実施時刻、進行の順路などの諸要素だけでは、だ行進などの行為がなされるとしても道路交通の秩序が乱される以外に、進行順路沿辺の通行人・商店・居住者らの、公衆に対する直接の暴行・脅迫・損壊などのおそれがあるものと予想することはできぬところで、また、道路交通の秩序の混乱によって、間接的に右公衆に対する暴行・脅迫・損壊が惹起されるおそれがあるものと予想することは、過去の集団示威運動において逮捕者が少なからずあった点に徴し、警備体制が十分に採られるであろうから、これまた予想できぬところである。してみると、結局本件集団示威運動によって道路交通の秩序の混乱以外に公衆に対する危険又は著るしい迷惑を及ぼすか否かの重要な要素は、主催者団体たる島根大学全共闘の性格を公安委員会ないし警察当局がどのように把握していたかにあると言ってよいであろう。もとより本件全証拠によっても右の点を立証する直接の証拠は存在しないが、本件集団示威運動の当時においては、島根大学内における紛争は一応終息し、授業も平常に復していたこと、過去における集団示威運動において道路交通法又は本条例による条件違反で逮捕される事例はあったものの、道路交通の秩序を害した以外に通行人あるいは沿道の住民、商店などに直接、間接危害が及んだことも窺われないことなどの諸点から検討してみても、公安委員会ないし警察当局が島根大学全共闘を過激な集団と把握していたと推認するには多大の疑問があるというべきであろう(前記の松江警察署長の島根県警察本部長に対する報告のなかで、本件集団示威運動による治安に対する影響はないと認められるとの部分も参考となる)。結局公安委員会がいかなる見地に立脚して本条例の条件を付したかは、しかく明瞭でないのである。
さらに本件の許可条件を内容的に検討するに、先ず道路交通法により松江警察署長の付した前記許可条件のうち、だ行進などを禁止する条件と本条例により公安委員会の付したそれとを比較すると、「だ行進、渦巻行進、いわゆるフランスデモ、他のてい団との併進、先行てい団の追越し、又はことさらなかけ足行進、おそ足行進」までの文言が同一で、後者にはこのほかに「停滞」も掲げられているが、これに引き続く付加的文言が前者にあっては「一般の交通の安全と円滑を阻害するような行為をしないこと」であり、後者にあっては「公衆に対して危険又は著るしい迷惑を及ぼすような行為をしないこと」となっているだけである。右に列挙されただ行進、渦巻行進などの行為によって交通の安全と円滑が阻害されるに至り、公衆が通行上危険又は迷惑を蒙ることは容易に想像しうるところであるが、右各行為によって、右の通行上の危険又は迷惑のほかに、公衆に対する危険又は著るしい迷惑が及ぶことを具体的に想像することはそれほど容易ではなく、考えうるとすれば、右各行為によって本件集団示威運動の参加者らが昂奮、激昂の余り、通行人あるいは沿道住民、商店などに直接危害を加えるに至ること、ないしは交通停滞により通行人らと本件集団示威運動参加者らとの間の衝突が生ずることによって間接的に沿道住民、商店などに被害が及ぶことなどであろう。そして、右に列挙された各行為のうち、一般的に言うならば、だ行進、渦巻行進、先行てい団の追越しなどの動的性格に富む行為はどちらかといえば参加者らの昂奮、激昂を招きやすいものと言うこともできるであろうが、フランスデモなどは交通停滞に及ぼす影響は大きい反面、参加者らが心理的昂揚をおぼえる形態の行進方法ではなく示威集団が公衆に対して通行上の危険又は迷惑のほかに危害を及ぼすことは通常は考えられないところである。また、すわり込みなどについては、特別の事情がない限り、交通停滞のほかに公衆に対する危険又は著るしい迷惑などを想像することは困難である。このように右に列挙されただ行進などの各行為は個別的、具体的に考えるならば、いずれも交通の安全と円滑を阻害するような行為ではあっても、公衆に対する通行上の危険又は迷惑以外のそれとの結びつきは一様ではなく慎重に熟慮しなくては容易には判断しえないものである。本件集団示威運動に対する公安委員会の許可条件には前記のごとく「フランスデモ、すわり込み」などの禁止まで付されているのであるが、これらの条件を付さなければならぬ事情も見い出し難く、これらの行為が交通の安全と円滑を阻害すること以外にどのような公衆に対する危険又は著るしい迷惑を惹起するのか理解に苦しむのであって、道路交通法による許可条件のうちにこれら行為の禁止も含まれていたところから安易にこれを本条例による許可条件としてそのうちに含ませたものではないかとの疑問が生ずるとともに、ひいては本条例四条一項二号が「だ行進、渦巻行進、すわり込み等公衆に対して危険又は著るしい迷惑を及ぼす行為の制限又は禁止に関すること。」と定めているところから、本条例の趣旨・目的及び「必要な限度において」という条件付与の限定基準を入念に検討することなく、道路交通法による許可条件のうちのだ行進などの禁止の条件に列挙された各行為を漫然と本条例による許可条件のうちに列挙し、これに引き続く前記付加的文言のみを変えたにすぎぬのではないかという疑念が払拭されないのである。
(5) 以上説示のとおり、公安委員会の付した前記許可条件のうちだ行進などの禁止の条件は、道路交通の秩序維持という観点から付与された疑いがあり、本条例四条一項に定める「必要な限度において」付与されたことの立証がないから、公安委員会の付した右条件を有効と判断することはできず、被告人を本条例一一条一項六号により処断しえないものというべきである。したがって、本条例違反の点は犯罪の証明がないことに帰するが、判示道路交通法違反の罪と観念的競合の関係にあるとして、起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言渡をしない。
よって主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 芥川具正 裁判官 那須彰 中村謙二郎)